東北大学大学院医学系研究科レドックス分子医学分野
超硫黄分子の化学
硫黄は酸素と同じ第16族カルコゲン元素に属し、多様な酸化状態を取りうるとともに、複数の硫黄原子が連結するカテネーションと呼ばれる特異な化学的性質を有しています。この性質により、生体内ではパースルフィド(RSSH)やポリスルフィド(RSSnR)などの多様な硫黄代謝物が形成されます(図1)。

これらの分子は、従来よく知られてきた硫化水素やチオール化合物と比較して、高い求核性とレドックス活性を有し、タンパク質システイン残基の修飾や電子移動反応を介して、細胞内シグナル制御、酸化ストレス応答、エネルギー代謝調節、免疫応答など、多様な生体機能を制御することが示されています(図1)。私たちは、これらの高反応性硫黄分子を総称して「超硫黄分子」と定義し、その化学的特性と生理機能の解明を進めています。
超硫黄オミックス:超硫黄代謝解析
超硫黄分子は極めて反応性が高く不安定であるため、生体内での定量解析は長らく困難でした。本研究分野では、質量分析を基盤とする独自の解析技術を開発し、生体内の超硫黄分子を網羅的に解析する「超硫黄オミックス(supersulfide metabolomics)」を確立してきました(Akaike et al. Nat Commun, 2017; 図2)。

この解析技術により、細胞や組織における超硫黄代謝の動態を網羅的に解析することが可能となり、生理状態や病態に応じた硫黄代謝ネットワークの変動が明らかになりつつあります。現在、さまざまな疾患モデルや生理条件において超硫黄代謝の変化を解析し(Morita et al. Nat Commun, 2021)、その生理機能の理解を進めています。
超硫黄分子の生体内生成機構
超硫黄分子は生体内で酵素的に生成されることが近年明らかになってきました。特に、アミノアシルtRNA合成酵素をはじめとする複数の酵素が、システインを基質としてパースルフィドやポリスルフィドを生成する活性を有することを明らかにしました(Akaike et al. Nat Commun, 2017; 図3)。

私たちはこれらの酵素反応の分子機構を解析し、超硫黄分子が生体内でどのように生成され、どのような代謝ネットワークの中で機能しているのかを明らかにする研究を進めています(図3)。これにより、従来の硫黄代謝の概念を拡張する新しい生体反応機構の理解が進みつつあります。
哺乳類における硫黄呼吸
微生物においては、硫黄化合物を電子受容体として利用する硫黄呼吸が広く知られています。近年の研究から、哺乳類細胞においても超硫黄分子が電子伝達反応に関与し、ミトコンドリア機能やエネルギー代謝の制御に関与する可能性が示されています(図4)。

本研究分野では、超硫黄分子がミトコンドリア電子伝達系においてどのように相互作用し、細胞エネルギー代謝やレドックス制御に関与しているのかを解析し、哺乳類における新しいエネルギー代謝機構としての硫黄呼吸の概念の確立を目指しています。
超硫黄触媒反応とフェロトーシス制御
超硫黄分子は強い求核性と還元能を有することから、脂質過酸化や電子移動反応を制御する触媒的機能を持つ可能性が示唆されています(Kasamatsu et al, Sci Adv, 2023)。近年、鉄依存的細胞死であるフェロトーシス(ferroptosis)が多くの疾患に関与することが明らかになっており、その制御機構の解明が重要な課題となっています。 私たちは、超硫黄分子が脂質過酸化反応やレドックス触媒反応を制御することで、フェロトーシスの制御に関与する可能性に着目し(Barayeu et al. Nat Chem Biol, 2023)、その分子機構の解明を進めています(図5)。

超硫黄分子による低酸素ストレスと感染炎症・酸化ストレス制御
炎症や感染症、虚血などの病態では、低酸素環境と酸化ストレスが同時に生じることが知られています。これらの病態において、レドックス分子ネットワークがどのように機能し、生体応答を制御しているのかは十分に理解されていません。
本研究分野では、超硫黄分子が低酸素環境や炎症反応の制御にどのように関与するのかを解析し、感染症や炎症性疾患における新しいレドックス制御機構の解明を目指しています(図6)。

呼気オミックスによる無侵襲診断技術の開発
本研究室では、自然に吐く息(呼気)中に含まれる生体代謝物を網羅的に解析する「呼気オミックス(breath omics)」技術の開発を進めています(図7)。

呼気は誰でも簡便かつ非侵襲的に採取できる生体試料であり、血液や組織を採取することなく、体内の代謝状態を反映する分子情報を得ることができます。
私たちは特に、呼気中に存在する超硫黄代謝物やレドックス関連分子に着目し、疾患に伴う分子変動の検出を可能にしてきました。特にCOVID-19患者を対象とした研究では、呼気中の超硫黄代謝物の特徴的な変動が感染状態を反映する指標となることを世界で初めて報告し(Matsunaga
et al. Nat Commun, 2023)、迅速かつ非侵襲的な診断技術として国際的に注目されています。現在は、がん、慢性炎症疾患、加齢関連疾患などへの応用を進め、呼気を利用した次世代の予防医療および個別化医療の実現を目指しています。
産学連携による最先端分析基盤の構築
これらの最先端研究は、本研究分野が中心となって推進してきた分析基盤の高度化によって支えられています。特に、質量分析をはじめとする最先端分析技術を積極的に導入し、超硫黄分子や呼気中に存在する微量成分の高感度・高精度な解析を可能にしてきました。
本研究分野では、超硫黄分子・レドックス生物学に関する独自の知見と解析戦略を基軸として、測定手法の改良や分析技術の高度化を主体的に推進しています。その過程において、分析機器メーカーとの協働を通じて技術的知見を相互に活用し、従来は検出が困難であった分子群の可視化を実現してきました。
具体的な例として、2025年4月より、「島津製作所×東北大学 超硫黄生命科学共創研究所」が設置され、生体の老化メカニズムに関連する超硫黄分子の特性を明らかにして、様々な疾患の診断や治療法の確立、健康を増進する機能性食品の開発への貢献を目指した、共同研究を展開しています(図8)。

このような産学連携による研究基盤の構築により、基礎研究で得られた知見を、将来的な診断技術や医療応用へとつなげる研究を推進しています。
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